「偽りの神しか知らないこの日本に、まことの生ける神の愛と永遠の命を伝えたい」
米国の神学校を卒業し、長崎県大村市で伝道を始めたのは81(昭和56)年。長崎市の大学で英語を教える話が決まっていて、家具も売り払っていたのに、いつまで待ってもビザ申請に必要な書類が届きません。大学に確認したところ「別の人を雇いました」。
落胆のあまり神に祈りました。「当時、私は献身以外に二つの夢を持っていました。一つは日本に戻ること、もう一つはカメラで身を立てること。その二つを神の前に手放したとき、道が開かれました」。2カ月後、大村で英語講師の仕事が与えられました。
ある時、ギャロット師は主から一つの幻を与えられました。
クリスチャン大名の大村純忠が肥前藩主だった戦国時代、人口の実に8割がキリスト教徒でした。大村こそ、日本最大のリバイバル都市だったのです。
「大村を再び日本一のクリスチャン都市に」。それがギャロット師と、新生の里キリスト教会の揺るがぬビジョンです。